出来事から時流を読む

ニュースや出来事から時流を読むブログ

熊本パンダ焼き【ニュー若草】閉店

   

パンダ焼きで有名な、パンダの形をした焼き菓子を製造販売している、ニュー若草さんが、50年に渡り続けてきたお店を、2019年5月末をもって閉店すると発表しました。

50年という期間に渡り、沢山の人に支持されてきたこのお店が止めてしまうことは大変残念に思いますが、ここではその店の記録として、パンダ焼きとか、店の閉店の理由などについて紹介します。

この画像には alt 属性が指定されておらず、ファイル名は DSC02232-e1533634303665.jpg です

熊本名物パンダ焼きとは?

熊本県熊本市東区若葉1丁目13-8にある、ニュー若草さんというお店が販売する焼き菓子です。

写真のような可愛いパンダの顔をあしらった焼き菓子です。

この焼き菓子の中には、白餡と黒餡の2種類の餡子が入っています。

パンダ焼き誕生まで

このお店を始めたのは、社長の米岡穂積さん(79)。今から遡る事50年前、当時の米岡社長は、粉をお客に販売する仕事をしていましたが、毎日丁重に引いた粉を見ているうちに、自分でも販売しようという気持ちになり、始めたそうです。

販売当初は、黒餡が入ったパンダ焼きと、白餡が入ったパンダ焼きと、2種類のパンダ焼きを販売していましたが、パンダの色は白と黒です。パンダ焼きというぐらいだから、白餡と黒餡を一緒にしてしまおうというのがきっかけで、今のパンダ焼きが出来上がりました。

またそれを境に爆発的に売れ始めました。

多いときは1日に400から500個も売れたそうで、作るほうも大変だったと思われます。

ニュー若草閉店の理由

社長の米岡さんは、数年前に車の運転免許を返納しました。そのため益城町の自宅から店までの行き来が難しくなったこともあり閉店を決断しました。

しかしながら店をたたむと言うアナウンスをすると、「店を閉めるのは今でも少し寂しい」とも。閉店を惜しむファンの声があまりにも多いため、自宅横の製菓工場での不定期営業も検討しているそうです。

今のお店は、79歳の米岡社長と、パンダ焼きを売り始めた当時から勤め続けている郷陽子さん(67)の2人のようです。

年齢も年齢なので、体力的にしんどい面もあるのでしょう。

それでも尚、ファンの方の思いに応え、店を続けたいという気持ちは素晴らしいと思いますが、もうここまで頑張ったんだから、少しは休ませてやれよ!という気持ちもあり複雑な心境です。

記事引用(熊本パンダ焼き閉店、ヤフーニュースから)

パンダ焼き、愛された30年 熊本市・健軍商店街「ニュー若草」 惜しまれつつ閉店へ

5/19(日) 16:06配信

パンダをかたどった焼き菓子「パンダ焼き」で有名な健軍商店街(熊本市東区)の和菓子店「ニュー若草」が、5月末で閉店する。長年愛されてきた菓子を買い求める人が連日店を訪れており、社長の米岡穂積さん(79)は「遠方から来てくれる人もいて、本当にありがたい」と感謝している。

 製粉業を営んでいた米岡さんが、この商店街に菓子店を構えたのは50年前。丁寧に引いた粉を顧客に卸すうち、「自分でも作ってみよう」と思い立ったという。

 近くの熊本市動植物園にパンダの誘致話が盛り上がっていた1990年、米岡さんはいち早く、パンダ焼きを考案。特注の機械を使い、小麦粉の生地にあんを挟み、ふんわりと焼き上げた。

 当初は、白あんと黒あんの菓子を別々で売っていたが、「せっかくだからパンダらしく…」と一緒に入れてみたところ、人気が急上昇した。残念ながら、本物のパンダが動物園にやってくることはなかったが、店だけではなく商店街の名物として定着。最盛期には1日400~500個が飛ぶように売れたという。

 パンダ焼きを売り始めた当時から勤め続けている郷陽子さん(67)は「社長は新商品開発が得意で、次々と新しいアイデアお菓子を生み出してきたけど、これはずっと変わらない看板商品」と笑顔を見せた。

 米岡さんは数年前に車の運転免許を返納した。そのため益城町の自宅から店までの行き来が難しくなったこともあり閉店を決断したが、「店を閉めるのは今でも少し寂しい」とも。閉店を惜しむファンの声があまりにも多いため、自宅横の製菓工場での不定期営業も検討しているという。(國崎千晶)

(2019年5月19日付 熊本日日新聞朝刊掲載)

 

spadosens

 - 閉店情報 , , , , ,